序文
米食悲願
米の名前
古代米-1 赤米
古代米-2 黒米・香米
脚気と米の関係
脚気 その克服
飢餓の構造-消えた食糧
飢餓概観
天明飢饉の昔話
肉食考(ニクジキコウ)-1
肉食禁下にて
肉食開放へ
肉食は開化の味
精進料理とは
精進料理の心
いもの話
仏教と食
おせちの話
ヒエ、アワ
日本食雑感
忍者の携帯食
農稼録
シリーズ 飢饉3:

天明飢饉の昔話

今回は江戸時代、天明の大飢饉時に起きた悲劇を地方の民話から紹介したいと思います。
 


 青森県・八戸の近村の話。ある村の家族6人の内、4人までが飢えて死に、父と10歳の息子だけが残った。父は食い物を得る為、ありったけの金目背負い、八戸へ出かけた。

 家に残った息子は飢えに耐えかね、縄をかんで飢えを凌ごうとしていたが、やがて自分の指をしゃぶり出し、ついには噛み切ってしまった。

 程なく父が帰ってきたが、泣きながら自らの指を喰らう息子の姿に、呆然と立ち尽くし言葉を失った。そして、自分の買ってきた物を息子に腹一杯食べさせた。しかしもうこれ以上食い物は無い。父は絶望した。そして満足して寝入った息子の首を鎌で掻いて殺し、自分自身も首を刎ねて死んだ。

 そこへヨソへ嫁入りしていた娘が、家族をあんじて実家へ帰って来た。しかし惨状を見て、家へ戻ると夫にその事を伝えた。夫は野犬に食わさせるのもいけないということで、死体を火にかけようと娘に言った。

 娘は先に実家へ向かった。しかし、夫を待っているうちに空腹に耐えかねて、思わず父と息子の死体を炙って食べてしまった。娘の中のタブーは犯された。こうなれば娘は堰を切ったように食べ始めた。そして後から来て、それを目撃してしまった夫と自らの子を殺した。発狂したか、女は夫と子までも喰らった。女はそこを去ると、野山を駆け巡り死体を漁った。ある時は生きている子供に飛び掛って殺して食った。

 村の者は、放っておけまいということになり、鎌や鍬を持って女を追いまわしたが、食料をたらふく食べている女は元気で、力の湧かない村の物が逆に殺される始末。しかし何とか山へ追い詰め、やがて猟師の猟銃でもって何とか仕留めた・・・。

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 以上を持ってこの話は終わりますが、飢餓に陥った者には親も子もただの「肉」と考え出す者が出現すると言うわけです。 飢饉民話に、このタイプの話は多く、カニバリズム(人肉食)はカーニバルの語源になったように、人に大きなショックを与える物です。猿の研究においても、ある時、猿がカニバリズム行為を突如として起こし、群れが狂乱的な興奮状態に陥る現象があると言いますが、そういった「怖い物見たさ」と言う面、ストーリーの味付け効果もあるのでしょう。

 しかし今生きる世界が、あまりに不安定な土台の上に立っている事を考える時、この恐怖は幻と言い張る事は出来ません。「食う、生きる」という自らの生命の原点を見向きもせず、ただ前のみを見て進む事は現実から乖離した危険行為と言わざるをえません。

 民話からは、我々にとって遠くなりすぎた飢饉に対する恐怖の記憶をほのかながら感じる事が出来ます。

 原点と言う物は、ものを正しく判断する為の強力な武器となるものです。民話には誇張も多くあるかと思いますが、人間が生きるという事に対する原点が沢山こめられてもいます。我々は民話を通して時にショックもし、その魂を記憶しておく必要があるかと思えてなりません。
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