序文
米食悲願
米の名前
古代米-1 赤米
古代米-2 黒米・香米
脚気と米の関係
脚気 その克服
飢餓の構造-消えた食糧
飢餓概観
天明飢饉の昔話
肉食考(ニクジキコウ)-1
肉食禁下にて
肉食開放へ
肉食は開化の味
精進料理とは
精進料理の心
いもの話
仏教と食
おせちの話
ヒエ、アワ
日本食雑感
忍者の携帯食
農稼録
..  精進料理-2

精進料理 「五味」「五色」「五法」

 食事も修行の一環と考える禅寺の食事係「典座(テンゾ)」は様々な事に気を使いながら食事を作ります。例えば「五味」「五色」「五法」と言う言葉があります。それぞれの意味をを見てみましょう。

 「五味」とは「甘味」「辛味」「酸味」「苦味」「塩味」の5つの味覚を言います。料理を作る際にはこの5つの味をバランス良く、上手に配す様に気を付けます。何事も精進料理はバランスを重視しているのです。

 「五色」は「赤」「白」「緑」「黄」「黒」のこと。色合い豊かにバランス良く配置する事で、ビタミン、ミネラルと言った物がバランス良く取る事が出来るようになります。

 「五法」は「生のまま」「煮る」「焼く」「揚げる」「蒸す」の5つを言います。この方法を駆使する事で、同じ物でも味のバリエーションが広がります。物を無駄にしない為の知恵だと言って良いでしょう。

 また鎌倉時代に活躍した曹洞宗の開祖である道元(1200〜1253)の書いた書に「典座教訓」という物がありますが、この本には料理を作る際の心得「喜心、老心、大心」の3つが書かれております。

 「喜心」は心から喜びを感じながら料理を作ることを言います。現代の我々ならば「作ってやるから感謝しろ」という感覚になりますが、逆に僧侶たちの生きる糧となる食事を作る事を謙虚に喜ぶという事です。

 「老心」は自己を忘れ、無私に他に尽くす気持ち。「他人のことばかり思いやる」老婆のような心と考えれば良いでしょう。他人が食べるものを作る以上、人が他人との係わりの中で自分も生きてゆく以上、この気持ちは無くてはならないものでしょう。

 「大心」とは大きな心で大きく構え、冷静に料理することです。焦って作っても失敗が多くなります。こういう教えはきっと戦いに身をおく武士の心にも響いた事でしょう。

 以上、簡単に精進料理を作るときの基本を見てみましたが、我々も学べる事は多いです。物を無駄にしない、つまりは物を大事にする心。これは人を大事にする心でもあります。これが無ければ人をゾンザイに扱う事にもなります。例えば大豆が1000粒ある時でも、1粒1粒は世界にたった1粒の大豆なのです。人間もそうでしょう。「あんな人間(または女、男)はいくらでも代えがきく(他に居る)」等と思い、人をゾンザイに扱ったり、安易に切り捨てたりする考えはあまりに消費社会的ではないかとも思います。

 また「大心」ですが、これは自分の実力に見合ったことをするべき、ということとは言えないでしょうか?自己の実力の範疇を超えた物を作ろうとすれば焦りが生まれます。そして無計画に無理を重ね、自分のサイズの殻を突き破ることを続ける行為は、他人に迷惑をかける悲惨な失敗を招きます。

 有るべき姿を見極め、地に足をつけて冷静に事を運ぶ。これが「大心」だと言うのは全く私の妄想かもしれませんが、こう考えるとやはり日常の茶飯事には生きる知恵が隠されていると言えます。道元は、目立つものばかりを求めず、真実に気づく力を養えと言っているのでしょう。
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