序文
米食悲願
米の名前
古代米-1 赤米
古代米-2 黒米・香米
脚気と米の関係
脚気 その克服
飢餓の構造-消えた食糧
飢餓概観
天明飢饉の昔話
肉食考(ニクジキコウ)-1
肉食禁下にて
肉食開放へ
肉食は開化の味
精進料理とは
精進料理の心
いもの話
仏教と食
おせちの話
ヒエ、アワ
日本食雑感
忍者の携帯食
農稼録
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コメの名前

コメを表す言葉は過去に色々ありました。ヨネ、クメ、マイ、イニ、とも言いました。昔はシネと呼んだものも(美稲=ウマシネ etc.)ありましたが、「死ね」になるので止められたとも言います。有名な話ですが、「八木(ハチボク)」は米を分解した言葉ですし、八十八歳の祝いを米寿というのも、米の字を分解すると「八十八」になるからです。

 古くは玄米を「黒米」と呼びました。搗いた米は「しらげのよね」、更に搗いた物を「ましらげのよね」と呼んだそうです。この「ましらげのよね」の異名に「しょうが」と言う呼び方があります。ショウガと言っても、これはジンジャーのことではなく、猿の牙を表す言葉です。猿の牙のように白い事から、この名前がつきました。全く米は恐ろしいほど沢山の名前をもっているものです。

 他に、白米を「菩薩」という事があります。菩薩は無論、仏教の菩薩のことです。この菩薩とは仏の種類「如来」「菩薩」「明王」「天部」のうちの1つで、一般に前から位が高いとも言います。

 それぞれを簡単に説明しますと如来は宇宙の心理そのものの体現化であり、明王は悪しき方向へ向かおうとする者を懲らしめる憤怒の形相であります。天部は上位の仏達を守る守衛と言った役割でしょうか。

 そして、菩薩ですが、これは人を救済する為に現れた仏の姿だと言います。優しいイメージがあり、また現世利益的な存在でもあります。その為、日本史の仲で一番人気があったのはこの菩薩でした。

 菩薩は人を救う為に、ある時は人間となり、ある時は物となります。菩薩をその様な存在と考え、過去の人々はコメに菩薩をダブらせた事でしょう。以前触れましたが、日本人はコメ食悲願民族であり、コメに対しては特別な思いを持ってきました。

 また、「特に美味しいコメ」の呼び方に「銀シャリ」と言う言い方があるのみ、きっとコメに対する憧れが言わせしめたのではないでしょうか。美味しいコメは、糖分によって綺麗な艶が出来ます。それが銀色に輝いて見えるため、銀シャリと呼ばれるわけです。

 銀シャリのシャリとは仏教で言う「舎利(骨)」の事で、釈迦の遺骨のことを「仏舎利」と言います。釈迦が亡くなった時、その弟子達画釈迦の骨を有難い物として、分配しました。これが世界の各地に散りますが、現在世界中にある全ての仏舎利が本物と言うわけではありません。殆どのものは骨ではなく、綺麗な石で出来ているようです。

 考えてみれば、人骨を自分の食べるものに例えている訳ですから、気味が悪いようにも感じるのですが、仏舎利は、仏教徒にとってこの上なく大切なものであり、特別な存在なのです。

 この銀舎利という言葉は意外と新しく、1940年代の食料不足の時代のもので、単に白米のことを言ったそうです。当時、「金持ちは米を食い、貧乏人は麦を食べろ」と口走った政治家がいたと言いますが、大事な至宝をコメのあだ名にまでしてしまうというのも、中々米に手の届かない人たちの憧れであったに違いありません。
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