序文
米食悲願
米の名前
古代米-1 赤米
古代米-2 黒米・香米
脚気と米の関係
脚気 その克服
飢餓の構造-消えた食糧
飢餓概観
天明飢饉の昔話
肉食考(ニクジキコウ)-1
肉食禁下にて
肉食開放へ
肉食は開化の味
精進料理とは
精進料理の心
いもの話
仏教と食
おせちの話
ヒエ、アワ
日本食雑感
忍者の携帯食
農稼録
.. 脚気-1

脚気-国民病の実態


 「脚気」とういう病気があります。
膝の下の柔らかい部分をコツンと叩くと、不意のうちに足がビョン!と浮き上がりますが、これが脚気の検査方法でした。奇妙な感覚になり、意外と楽しい検査なのですが、しかし一体あれは何だったのかと言われると、分からない方が多い様です。現在は脚気に苦しむ人も見られなくなったため、脚気とはそもそもどのような病気なのかという記憶も、人々から消えていったのです。

 しかし、歴史を覗いていくと多くの人が脚気で苦しんでいることが分かります。神話の中の人物ですが、日本武尊、歌人の藤原定家(1162〜1241)、室町幕府将軍の足利義政(1436〜1490)、徳川幕府3代将軍の徳川家光(1604〜1651)も脚気であったらしいです。家光は脚気死と言われますし、後の徳川将軍では、13代家定(在職1853〜1858)、14代家茂(在職1858〜1866)も脚気死とされます。まさに脚気は国民病でした。

 脚気は「キヤクキ、カツケ、アシノケ」または「江戸病」「江戸患い」とも言われました。関西では「大阪腫れ」ともよんでおります。

 辞書を引いてみると、この病気は「末梢神経を冒して下肢の倦怠、知覚麻痺、右心肥大、浮腫を来し、著しい場合は心不全により死亡する(衝心:ショウシン)」と書かれております。どうも分かり難い説明ですが、 神経の病気でしょうから「膝がビョンとしないと脚気だ」というのは、何となくわかる気がします。

 上に書かれたように、脚気にかかると足がむくんだりするそうですが、脚気はそもそも鶴足(カッケ)と書き、肉が削げ落ちて、鶴の足のように細くなってしまうからだという風にも言います。

 脚気の原因はビタミンB1の不足で、白米ばかりを食べる地方に多く見られました。とはいえ、白米に自体に悪いものが入っている訳ではありません。ビタミンB1は米のヌカの部分にあるので、玄米にはしっかりと含まれておりますが、白米は精米されることでヌカが落とされ、更に洗われて炊かれることでビタミンが飛んでしまいます。

 つまり、白米ばかりを食べることに問題があるということでしょう。脚気は、豊になった江戸時代の元禄期(1688.9.30〜1704.3.13)以降に多く、三都(江戸、大阪、京都)を中心に展開した病気です。特に江戸には患者が多かったようで、江戸を出て箱根を西へ超えると脚気が治るといいました。これより西は玄米食や半搗き食が多くなり、関西の食には粉物(小麦食)も多く、江戸よりも脚気は少なかったようです。

 脚気は、日本人の精白米食というご馳走の普及を考える上では、良い題材なのかもしれません。それ以前に脚気は少なく、特に麦飯や五穀、芋ででんぷん質を補っていた一般庶民にはほとんど無縁だったとも思われます。

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